きょうのできごと

見ること、感じること、思うこと。ふつうの毎日を毎日書く、ただ書く。メモを兼ねた日々の雑記帳。

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プロフィール

コバシ

1999年、フリーペーパー ジャメヴュモンドを創刊。
以来、6年間に渡り、不定期ながらフリーペーパーを発行。

とにかく紙が好き、モノ作りが好き。
でも、そろそろウェブもなんとかしないとなぁ。

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2005年12月01日(木)

届かない手紙 [きょうのできごと]

もう2年近く会っていない人に書いた手紙が戻ってきた。
戻ってくるのは分かっていた。
そのあて先は、その人が当時住んでいた大学の寮で、
僕はその住所しかしらず、
大学を卒業した後の住所も、
実家の住所も知らぬまま、連絡が途絶えてしまっていた。

大学を出てしばらくしたら海外に行く、
と言っていたから、もう行ってしまったのだろうか。
携帯もメールも届かない。

それでも、
もしかすると大学の寮の人がその後の住所を知っていて
転送してくれるかもしれない、とか
郵便局の転送サービス(1年間)は過ぎているけど、
郵便配達の人が気を利かせてそのまま転送してくれるかもしれない、
とか、そんな薄くて淡い希望を抱きつつ、
手紙を書いてみたのだった。

もしかするともう一生会えないかもしれないなぁ…
と思うと残念に思う。
こういうとき、人はどうするのだろう。
あ、そっか、
そのために「あの人に逢いたい」みたいなテレビ番組があり、
時々ポストに投げ込まれるような探偵事務所があるのか。
初めて、そんな自分とは関係のないと思っていたものの存在を認識してみたりした。


…まあいいや。
あせることはない。
時期が来れば、そのうち機会はあるかもしれないよ。
そう思って、今日はその手紙をしまっておくことにした。

画像(320x240)・拡大画像(640x480)

Posted by コバシ at 23時00分   パーマリンク

2005年11月30日(水)

電話を買ったよ [きょうのできごと]

画像(135x180)・拡大画像(480x640)

ケータイじゃないよ。
家の電話を買い換えてみた。

一人暮らしをはじめた頃に雑貨屋さんで買った
なんちゃっておしゃれ電話は、
当時流行のスケルトンカラーで、
電話がかかってくるとブルーに光るものだった。
でも、留守番電話やナンバーディスプレイはもちろん、
音量調整機能もなかったし、
狭い部屋でもやっぱりコードレスでないのは不便だった。
いくらあまり使わないとはいえ、
よくガマンしたなぁ…

今度の電話は、その反省を踏まえて、
それなりに見た目もよし、機能もよし、
ということでシャープのヤツにしてみたんだ。
いやー快適快適。
コードレスはやっぱり楽だし、
電話帳機能も便利だし、
うれしくってナンバーディスプレイも契約してしまったら、
ケータイみたいに着信履歴も残るじゃないか。
すばらしいー
これでビクビクしながら日曜の朝に掛かってくる
電話も安心して取れるぞ
(たいていは「マンション買いませんか?」or実家)。

すごく当たり前のことのようだけど
そんなことで喜んでいる超単純な自分万歳。

Posted by コバシ at 01時39分   パーマリンク

2005年11月29日(火)

空中庭園 [こんな本読んでみた]

やっと、というか、ついに角田光代の小説を読み終えた。
そう、この間見に行った映画の原作だ。


長編小説はひさびさだけど、すーっと読み進められたのは、
各章ごとに家族の違う人間の視点で書かれているから。
1つの円いテーブルを囲う家族が、
同じ流れる時間軸に沿って話のバトンを渡していくイメージ。
妻(母親)の視点で描かれている映画と大きく違うところた。
老若男女、それぞれの視点で描いていくという、ものすごい難しいことをやるこの人ってすごいなぁと思う。


それぞれの章では、家族各々の内面が細かくさばさばと描かれていて、
話が進むにつれて「隠し事はしない」という家族のルールの破滅が明るみになっていく。
というより、むしろ知らないことが多すぎるくらいに。

郊外のニュータウン、現代家族の虚像、学校をサボる子どもたち、不倫にいそしむ親…
たぶん、これらをすべて「現代社会の抱える苦悩」とか適当な言葉でまとめるのは簡単だと思う。
でも、きっと、根本的に社会も家族も人も、
目に見えなくて得体の知れない不安定なもの―それは信頼であったり、の前提があって成り立っているものだよね。
それが人間だし、人間が作るものなんだと思う。
人間のよわさ、もろさも詰まっている作品だった。

でも決して、気持ちの悪さ、不快感を抱くことになったりしない、
少し清清しいくらいの心地よい小説だった。、
4人全員の全部の話がつい読みたくなる。
でも、残りの部分を想像して楽しんでいる自分もいる。

空中庭園

空中庭園


Posted by コバシ at 23時17分   パーマリンク

2005年11月28日(月)

セキネの肉まん [きょうのできごと]

画像(180x135)・拡大画像(640x480)

そこは、まるで宝石店のようなたたずまいのお店だった。
駅から5分ほど歩いた裏通りに似合わない、
石造りの品のよい立派な建物に、ピカピカのウィンドウ。
そんなに客は来ないだろうに…と思うような場所なのに、
小奇麗にしたおばちゃんとおじさんがちょこんとまっすぐに立っている。

看板には、「肉まん・シューマイ セキネ」と書いてあった。
どうやらここが、浅草の有名な中華まん屋さん「セキネ」の赤羽店らしかった。
店の前を通り過ぎるふりをしてまた戻り、
店に入る。
予想通りに静かな店で、静かに肉まんとあんまんを買う。
1個200円ほどのまんじゅうは4つ買うと、
丁寧に包まれた箱に入って渡された。

画像(180x135)・拡大画像(640x480)

家に帰って、包みを解くと、ぎゅむぎゅむと窮屈そうに、
まんじゅうが姿を見せる。

温めて食べると、
じゅわーっと肉汁が口中に広がるとっても美味しい肉まんだった。
まるで肉団子のように丸くなったお肉と
たまねぎのシンプルな肉まん。
あんまんは、中華料理の最後に出てくるゴマ団子のような
ゴマの香りが香ばしい。

赤羽に住んでもう何年だろう。
あのお店はあれで成り立っているのかな?とか、
なんであんな不思議な雰囲気なんだろう?とか、
おじちゃんおばちゃんは疲れないのかな?とか、
謎なことがいっぱいだけど、
小さくてもちょっとうれしい発見だった。

Posted by コバシ at 23時22分   パーマリンク

2005年11月27日(日)

がっくりきた映画「ぼくんち」 [映画の時間]

ぼくんち デラックス版

ぼくんち デラックス版


決してうまくない絵で
暴力的でもとっても明るい世界と、
不器用でも自分なりに毎日を生きる人たちの
ほんわかとした原作の持つ雰囲気が大好きで、
ちょっと楽しみにしていた映画だった。
でも、主演が観月ありさと聞いて、
あまりのイメージの違いに、
ちょっと嫌な予感はしていたのだけど…

原作と比べてどうこう言うつもりはない。
映画は映画だし、漫画は漫画。
それはそれでいいと思う。
でもそうじゃなくて、映画として、
作品として成立していないことにビックリし、
そしてがっくりきた。

ちぐはぐなストーリー、
1つのシーンが終わるごとにフィルムをぶった切ってつなげたような、
繋がりのないぶちぶちと途切れた唐突な展開。
昔なのかいまなのかもよくわからない、
最後まで謎な舞台設定。
そして、明らかに役不足な子役2人と、
似合っていない観月ありさを初めとしたミスキャスティング。
笑わせたいのかなと思うシーンが笑えない。
泣かせたいのかなと思うシーンがまったく泣けない。

その場の行き当たりばったりで撮っているのか、
そもそもの脚本が悪すぎるのか、
僕にはわからない。
でもとにかく、正直言ってあまりにひどい映画だった。

中でも一番許せないのは、
原作を無視したストーリーで
「別モノ」感を出そうとしているのに、
原作の持つエピソードやエッセンスだけを抽出して
「いいとこどり」しようとしているところかなぁ。
穴の開いたざるですくうだけすくっておしまいということなのだろうか。


確かに、漫画を映画にするのは、
漫画の世界が独特で、現実的でないものほど
難しいとは思う。
だからこの映画を作るのは難しいんだ、きっと、
と言い聞かせてみる。
それでも、今年観た、ありえない設定の映画
恋の門やヤジキタなんかは心底おもしろいと思ったし、
何よりきちんと映画として成り立っていた。

いっそのことこの映画も、
底抜けに明るい映画にしてもよかったかもしれないね。
生煮えの料理を出されたようで、後味が悪すぎますよ。
どうしましょ。

Posted by コバシ at 23時58分   パーマリンク

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