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外側から眺めるんじゃない、自分がもうすでにその中にいる感覚。


 「へたっぴいな映画を撮っているのは日本人だけよっ!」と、いつかおすぎが言っていたけれど、ほんとにそうでっしゃろか?だったらこの映像の美しさはなんなのだろう。観た後にしばらく抜け出すことができない放心っぷりは、吸い寄せられるような音楽の響きは、なんなのだろう。それらにもう一度思いを馳せながら、「おすぎのばか」、と、ちょっとつぶやいたりしてみる。

 14歳というのが1つのモチーフになって描写は続く。リリィ・シュシュというのは映画の中の少年、または少女たちにとって大きなウエイトを持つアーティストの名前。彼らはこのアーティストただ一人に、まるで何かにしがみつくようにしてリアルを求めていく。また観る側にとっては、その音楽が強烈な力を持って鼓膜を震わせる。

 たとえばエンディングが流れ出したとき、目をつぶってみる。少しずつ質感を持って目の前に現れだす、自分が14歳だったときの空気の色とか、風の匂い、窓から見た雲のちらばり、ざらざらした校庭、見上げるとカラスが止まっていた電線、廊下の冷たさ、閉ざされた世界の中で自分がとろうとしていたバランス。過去という言葉でもって外側から眺めるんじゃない、自分がもうすでにその中にいる感覚。

 そんな、催眠術でもかけられたかのような感覚を、これを観た後誰しもが、その強さの差こそあれ感じるのでは?と思う。そんな、自分の中の“時間”というものを揺さぶる力を、この作品は持っている。(菜摘)

リリイ・シュシュのすべて
監督・脚本:岩井俊二  音楽:小林武史  撮影:篠田昇
出演:市原隼人 、忍成修吾 、蒼井優 、伊藤歩 、細山田隆人 、大沢たかお 、稲森いずみ 、市川実和子 、田中要次



みたことのあるような世界が、しかし体験したことのない世界が広がっていく。


 素晴らしい映画だ。凄い、のめりこんでゆける。

 「円がもっとも世界で一番強かった時代」、「円を求めて世界中の人々が押し寄せ」、「彼らの住む街」は「円都」と「呼ばれるようになった」、そんな世界での話。必死に「円」を貯め、祖国へ帰って大金持ち、そんな夢を抱いてやってきた移民たちの話。彼らは偽札を造って円を手に入れた。その金でライブハウスの経営を始める。しかし、運命は躊躇なく彼らに襲いかかる。

 この映画が恐ろしく身近に感じられてしまうのは、世界中の移民を描いているとはいえ、やっぱりどこまでも「日本」を描きだしているからだろう。スローとハイスピードが駆使された映像に考え抜かれた音楽がマッチし、みたことのあるような世界が、しかし体験したことのない世界が広がってゆく。様々な伏線が張り巡らされ、最後には交差する。印象的なシーンはいくつも思い出せるし、その度に考えてしまう。役者の演技も見事で、演じきっている。個人的には、後半の「仲間」の葬式をおこなうシーンがとても印象的だった。

 岩井俊二はある虚構の「世界」を完璧につくりだした。あえて、金を神に置き換えて。あえて、醜い世界をつくりあげることで、わかりやすく私たちに伝えようとしている。あなたは彼が伝えたかったことが、僕には、彼が伝えたかったことが本当にわかったのだろうか?自販機に千円札を入れた時、ふと思った。

 映画の中の彼らには、「円都」しか残されてはいなかった。岩井俊二あくまで「日本」ではなく、「円都」をつくりだした。

 もしあなたがまだ「円都」を覗いていないなら、ぜひ。(マサフミ)

スワロウテイル
監督・脚本:岩井俊二  撮影:篠田昇  音楽:小林武史 
出演者:三上博史 、Chara 、伊藤歩 、江口洋介 、山口智子 、渡部篤郎 、塩見三省




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